東京高等裁判所 昭和34年(ネ)794号 判決 1961年1月25日
控訴人 国
被控訴人 金英敦
主文
原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張は原判決記載の通りである。
立証として被控訴人は新に当審証人申鴻寔の証言を援用した外双方の立証方法は原判決記載の通りである。
理由
第一控訴審の範囲について
被控訴人の主張するところは、昭和二四年九月八日法務総裁は在日朝鮮人連盟(以下朝連と称す)を解散団体に指定してその所有する原判決添付目録記載の建物(登記上は被控訴人所有名義)を国庫に帰属したものとして接収した事実関係に基づき、
(一) 右接収は無効で所有権は依然として被控訴人にあることの確認。
(二) 控訴人のための取得登記の抹消。
(三) 控訴人のための抵当権設定登記の抹消。
を求め、若し右の請求が容れられないときは予備的に
(四) 控訴人が右建物を処分したのは不法行為であるから損害賠償として金壱千万円を求める。
(五) 仮りに法務総裁の行為に違法がなかつたとしても少くとも日本国の独立後の復権措置として日本国憲法第二九条第三項の精神に照し相当の補償を被控訴人に対し支払うべきであるから金壱千万円を請求する。
(六) 仮りに右の請求がいずれも容れられないときは、控訴人は法律上の原因なくして右建物を取得することにより不当の利益を受け被控訴人に損失を及ぼしたから不当利得金として金四、二三六、六九〇円を請求する。
というにあつた。而して原判決は右の請求中(一)(二)(三)(四)の請求をいづれも棄却し控訴人に補償金として金員の支払を命じた。
これに対し控訴人は本件控訴に及んだのであるから当控訴審においては被控訴人の請求のうち、前記(五)及び(六)について審判することになるわけである。
第二事実関係について
以下の事実は当事者間に争いがない。
本件建物は元朝連の所有であつたが、朝連が権利能力のない社団であつた関係から同本部の執行委員長であつた被控訴人名義で所有権保存登記がなされていた。昭和二四年九月八日当時の法務総裁は「団体等規正令」(昭和二四年政令第六四号)第二条及第四条により同日付法務府告示第五一号を以て朝連を解散団体に指定し、「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」(昭和二三年政令第二三八号)第三条により本件建物を国庫に帰属したものとなし引渡命令を発して接収した上同年一〇月四日国のための取得登記がなされた。その後昭和二五年一二月二〇日国は本件建物を訴外財団法人寄生虫予防協会に売却処分した。
第三本件建物接収の法律的性質について
被控訴人の請求する補償金の請求権或は不当利得の返還請求権の有無については、先づ本件接収の効力について判断することが前提となる。
(一) 本件接収は前示のとおり「団体等規正令」による法務総裁の指定により朝連が解散したによつて「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」第三条により本件建物は国庫に帰属したとして爾後の処置が行われたものである。而して被控訴人は右二政令の根拠である昭和二〇年勅令第五四二号「ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件」は昭和二二年法律第七二号「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」から見て既に効力を失つたものであるし、又右勅令は憲法第七三条第六号に所謂「法律」ではない。従て本件接収処分の準拠法である前記二政令はその根拠を欠き効力がないと主張する。しかし右勅令第五四二号は旧憲法に所謂緊急勅令として制定せられたもので、後に帝国議会の承諾を得たことは被控訴人も認めるところである。然らばこの勅令は旧憲法による法律と同一の効力を有するに至つたものであつて、前記昭和二二年法律第七二号の規定に拘らずその効力を持続し法律と同一の効力を有すると解すべきである。従て右の被控訴人の主張は理由がない。
(二) 本件にみられるような団体の解散命令やその財産の接収は日本国憲法に基く行為としては違法の疑いが濃いのであるがことは日本が連合軍によつて占領せられていた間に起つたことであり、問題は占領状態下の法律状況によつて決せられる。日本はポツダム宣言を受諾し連合国に降伏して降伏文書に調印した結果降伏文書に基づいて連合軍の占領を受諾したことは顕著なことである。占領に関する法律関係は降伏文書によつて規律せられる。原審鑑定人横田喜三郎の鑑定によれば、国際法上のハーグ陸戦条約に定める占領は戦斗継続中に一方の交戦国の領土が他方の交戦国の軍によつて占領せられた場合で双方とも交戦を止める意思のない状況での占領であつて日本の場合は交戦国双方は戦斗を止める意思で休戦協定の性質を有する降伏文書に双方が合意してこれにより行われた占領であるから、同じ占領と云つても性質を異にし日本の占領には戦時国際法の定めは直接には適用せられないことが明らかである。
降伏文書第八項において「天皇及日本国政府ノ国家統治ノ権限ハ本降伏条項ヲ実施スル為適当ト認ムル措置ヲ執ル連合国最高司令官ノ制限ノ下ニ置カルルモノトス」との定めがある。即ち日本国の統治は最高司令官が降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる関係においてはその命令に従うことを要することに定つたのである。されば最高司令官は降伏条項を実施するためには日本国憲法にかゝわりなく全く自由に自ら適当と認める措置をとり日本国政府はこれを実施することを要する法律関係にある。
こゝにおいて国は昭和二〇年九月二〇日勅令第五四二号を以て「政府ハ「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ聯合国最高司令官ノ為ス要求ニ係ル事項ヲ実施スル為特ニ必要アル場合ニ於テハ命令ヲ以テ所要ノ定ヲ為シ必要ナル罰則ヲ設クルコトヲ得」との旧憲法に所謂緊急勅令を制定実施した。最高司令官の要求は憲法にかゝわりなく実施せられるものなる以上右の勅令も憲法にかかわりなく効力を有するものであり、最高司令官の要求によりこの勅令に基づいて制定せられる命令も亦憲法にかかわりなく効力を有するものと考えられる。前出の「団体等規正令」及び「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」は右勅令第五四二号に基く政令であるからその内容が憲法に違反する事項であると否とを問わずその効力を有するものである。
(三) 原審証人吉橋敏雄の証言によれば、朝連に対する解散命令は最高司令官の要求に基づいてなされたものであることは明らかであるから朝連は昭和二四年九月八日解散団体に指定せられその財産であつた本件建物は国庫に帰属せしめられたと認めなければならない。最高司令官の権限が前段認定の如きものである以上この解散命令や財産接収について憲法の規定に照らしてその効力を問題にする余地は全くない。被控訴人の憲法違反の諸論点は全く採用に値しない。又国際法上私有財産の侵害は許されないとの主張も前示のとおり日本の占領が一般の戦時国際法の規律を受けるものと異る以上問題にならない。原審鑑定人安井郁及び鵜飼信成の鑑定は採用しない。
(四) 解散団体の財産が国庫に帰属することは前示政令第二三八号第三条の定めるところである。被控訴人はこの帰属は絶対的のものと解すべきでないとの趣旨の主張をするが、同条による帰属にそのような制限的の意味のあることを窺えるようななんの徴候もない。同令の諸規定をみても国庫に帰属した財産は法務総裁によつて売却その他の処分がなされるのであつてこれをみてもその帰属は無制限な絶対的なものであることは明白疑いを容れないい。被控訴人は占領の終つた現在では本件解散及び接収の効力に変化を来す如き主張をするが、占領中に有効に行われた行為の効力が占領終了後別の効力に変化するような法理は了解できない。
原審鑑定人鵜飼信成の鑑定は採用できない。
(五) 日本国憲法の下においては私有財産は侵されない。然し本件の接収処分は占領下において超憲法的命令に基づく処分であつて憲法第二九条第一項との関係を論ずる余地のないことは前示のとおりである。原審は本件接収を所謂公用徴収と解したが、本件接収にかかる建物を公共のために用ふる趣旨で行つたものではないから勿論公用徴収に当らない。「団体等規正令」及び「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」は「団体等規正令」第二条に定める団体を消滅せしめその活動を禁圧するために財産をも没収する趣旨であると認められる。財産の国庫帰属に対し補償をなす趣旨の定めは全くないから被控訴人が補償を求めるべき根拠もない。被控訴人は原状回復のため金銭の支払を求めると云うが、国が被控訴人に対して財産を回復する義務はどこにも根拠がないからこの主張も全く理由がない。
(六) 被控訴人は国が不当利得したとして利得の返還を求めている。然し国が本件建物を取得したのは前示法令の規定によつたもので法律上の原因あつて取得したものであるから不当利得の成立すべき場合でない。故にこの請求も理由がない。
第四結論
以上説明のとおり被控訴人の補償金或は不当利得の返還請求は認容できない。されば原判決中控訴人敗訴の部分は取消さるべきである。
よつて民事訴訟法第三八六条、第九八条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田良正)